ミリアは不承不承ながらも頷いた。納得してない様子だったので、もう一度、笑顔で念を押した。
「ね?」
「はいっ♪」
ミリアの機嫌が再び直ったのを見て、俺は安堵した。
「ここに居ると、危険そうなので出ていきたいのですが……」
俺は総隊長に言った。
「はい。本当に有難うございました。助かりました……ユウヤ様」
総隊長は深々と頭を下げた。名前も覚えられて、『様』付け?
ミリアがムッとした表情で、再び総隊長を睨んだ。その視線は、有無を言わせぬ圧力を放っている。
「次は無いですわよ……分かりましたか?」
「はい! 全員に言い聞かせます!」
総隊長は震える声で答えた。兵士全員が、まるで一糸乱れぬように頭を下げてきた。彼らの額には、冷や汗が滲んでいるのが見て取れる。
ん? なんだかとても感謝されてるんだけど……そこまで?
「じゃ、じゃあ行こうか?」
俺はミリアの手を取った。
「はぁい♪」
ミリアは嬉しそうに俺の腕を組み、詰め所を出た。外に出ると、またミリアではない男性の怒鳴り声が聞こえた。
今日は俺が建物から出ると、怒鳴り声が良く聞こえてくる日だなぁ……。
「先程は、ビックリしましたわ~ユウヤ様ったら……もぉ♡」
ミリアは腕を組み、俺の顔を見上げてきた。その頬は、まだほんのりと赤みを帯びている。
「皆が見てなかったから大丈夫でしょ?」
俺はそう言ったが、ミリアは頬をさらに赤くして、恥ずかしそうに答えた。
「……はいっ♪ 今度は……ユウヤ様の意思ですわね?」
「まぁ……そうだね。俺の意思だね」
「そうですか~嬉しいですわっ♡」
ミリアは幸せそうに目を細めた。
「そういえば護衛は?」
俺が尋ねると、ミリアは得意げに胸を張った。
「ちゃんと、分からないように散らばっていますわよ?」
「ちゃんとしてくれたんだね」
「はいっ♪」
ミリアのキレイな淡い金髪の頭を撫でると、物凄い殺気を色んな方向から感じた……恐いな。その殺気は、まるで肌をピリピリと刺すようだ。撫でられてる本人は頬を赤くして、嬉しそうにしているんだけど? ダメなの?
うん。護衛は、ちゃんと居るね……。
男女の私服の護衛2人と、私服の使用人1人とミリアと俺の5人で町の中を歩いてる。その周りにも大勢の平民服を着た冒険者風の護衛が、帯剣をして護衛をしているっぽい。彼らの視線は常に周囲を警戒している。
「ユウヤ様、わたくし初めて町の中を歩きますわ。いつもは馬車で移動ですので」
ミリアは嬉しそうに周りを見回した。
「そうなんだ? 実は俺も、この町は初めてなんだよね」
「どちらに向かわれてるのですか?」
「冒険者ギルドってあるのかな?」
「ありますけれど……冒険者になられるのですか? 商売をするのでは?」
ミリアが可愛く首を傾げて俺を見つめてきた。その仕草は可愛すぎだ。
「治癒薬を売るのは冒険者が良いと思うんだよね。冒険者が一番使うんじゃないかと思ってさ」
「そうかもしれませんが……あまりオススメは出来ませんわ」
ミリアは少し顔を曇らせた。
「そうなの? まぁ恐い人達って感じだよね」
「そうです。戦いを好む人達の集まりだと聞いていますし……」
不安そうな表情になり、組んでいるミリアの腕に力が入った。俺の腕をぎゅっと掴む彼女の手のひらに、少し汗ばんだ感触がある。
場所の案内で使用人が先頭を歩いて案内をしてくれて、冒険者ギルドへ辿り着いた。ギルドの建物の中へ入ると、半分は食堂の様な感じで、香辛料と酒の匂いが混じり合う。もう半分が役場のような受付に数人並んでいて、変わった雰囲気の場所だった。
「うわ~ここが冒険者ギルドか~すごい!」
アニメで見た感じそのままって感じだな。ゴツい防具を装備して武器を持っていて、受付に並んでいたり、隣の食堂? 居酒屋? に座って料理を食べている。彼らの賑やかな話し声がギルド中に響いている。元いた世界だと……銃刀法違反ですぐに捕まっちゃうだろうな。いやぁ~この空間好きかも。絡まれなかったらだけど。
昼過ぎだったので、人は思ったよりは居なかった。俺が受付に並んでいるとミリアが不安そうに話しかけてきた。
「冒険者の登録をされるのですか?」
「違うよ。治療薬をここで売っていいか、確認しようと思ってさ」
「そうだったのですね……てっきり登録されるのかと……」
安心した様子のミリアは、メイドと女性の護衛を伴い、記入台へと向かった。椅子に腰を下ろすと、何かを記入し始める。俺には男性の護衛がそっと付き添ってくれている。
ん? ミリアが冒険者にでもなるのかな? そんな訳無いか。もしかしてメイドさんが? 女性の護衛が?
しばらくすると皆が列に戻ってきた。ミリアがニコニコしていてご機嫌そうで良かった。
順番がきて、受付嬢が飽きた表情で、やる気の無さそうな感じで話しかけてきた。その声には、抑揚がない。
「は~い。次の方~ご要件は何でしょうか~? 初めて見る顔なので冒険者の登録ですか~? 依頼の紹介ですか~?」
「違います。えっと……こちらで傷薬等を売らせて欲しいのですが……」
俺が言うと、受付嬢はさらにやる気をなくしたような顔をした。
「えっとぉ~、それはですね、ギルマスの許可を頂かないと無理ですね~。まぁ……たぶん、許可は出ないと思いますよ~。もし許可が出てたら、もう既に商人の方々が出入りしてるはずですしね~。実際、たまに同じような話を持ち込む人はいますけど、みんな断られてますから~。残念ですけど、仕方ないですね~」
彼女は棒読みのように言った。
「まぁそうですよね……」
俺は諦めのため息をついた。そうだった……売り子が一人も居ないのはそういう事だったのか。って事は、ギルドの建物の周辺もダメってことかな。商売の道は、そう簡単には開かないようだ。
……いやいや、待ってくれ。俺、薬屋やってただけなんだけど?モンスターを倒したのも、盗賊を撃退したのも、たまたま運が良かっただけで――……って、誰に言っても信じてもらえないんだよなぁ。 どうやら、俺がSSS級冒険者になってしまったのは――国王が認め、ミリアが認めたかららしい。その後、王都の冒険者ギルドのギルマスと国王が、「一応、皇帝にも報告しておこう」と連名で書状を送ったらしいんだけど――返ってきた返事は、こうだった。『娘の命の恩人で、冒険者。王国軍が数年かけて討伐できなかったモンスターを、単独で、しかも複数体討伐したんだろう?何が問題なんだ?』 ――逆に聞かれたらしい。 ということで、皇帝にも正式に認められて、俺は“SSS級冒険者”になってしまった。 ……いや、俺、薬屋なんだけど。 冒険者カードも一応持ってるけど、使う予定はまったくない。何とも呆気ない話だ。ちなみに、俺が取得したクラスより上があるらしい。“SSSS級”――四つ星の称号。ただ、これはほとんど話題にすら上がらない。実現があまりにも難しいからだという。条件は――皇帝、そして各国の王が、その者の功績を“相応しい”と認めた場合にのみ与えられる称号。 ……うん、必要ないでしょ。 名誉だけで、特に何か得られるわけでもなさそうだし。入国税?ミリアと一緒にいれば免除されるし。税金?そもそも、そこまでお金に困ってない。俺には、もうこれ以上、何かを求めるものは――たぶん、ない気がしていた。静かに暮らして、たまに誰かの役に立てて、それで十分だ。♢ミリアの提案と募る嫉妬心 リビングにいたミリアに、ふと思いついたように話しかけた。「他の町というか……国も、見てみたいんだけど」 ミリアは優雅にカップを傾けながら、静かに頷いた。「そうですわね……わたくしも、この町には少し
「さて――二人とも、今から働いてもらいますからねっ」「「はいっ!」」 元気よく返事をする二人に、俺は異次元収納の使い方を教えた。空間が歪み、吸い込まれるように物が消えていく様子に、二人は目を見張っている。売上金もその中に入れてもらうようにして、必要なときに俺が補充や確認ができるようにする。 そして――給金の話。「給料は月に一回。初めに聞いた通り、金貨一枚ずつで」 そう言った瞬間、二人はぴたりと動きを止めた。 ……ん?なんで固まってるの?安すぎた?それとも高すぎた?俺が困っていると、デューイがそっと耳元に顔を寄せてきた。「……払いすぎです。店の店員の給金ではありませんよ。それ、王国の役職持ちの給金レベルです」「……あ、そうなんだ」 でも、まあ――「役職付きだった大隊長を雇うんだから、二人はそれで良いんじゃない? その分、しっかり働いてもらうよ。店の護衛や品出しとかね」 俺はニヤッと笑ってみせた。特に理由はないけど、なんとなく言ってみたかっただけだ。女性護衛は顔を赤くしながら「……はいっ」と答え、デューイは苦笑しながら「……了解しました」と頭を下げた。 ――うん、いい感じだ。「では……有り難く頂いておきます。出来ることなら何でもやりますので、何でも言ってください」「……有難う御座います」 真剣な表情で頭を下げる女性護衛に、俺も思わず頭を下げ返した。 ――いや、でもさ。 メイドさん……話が違うんですけど……?金貨一枚って、そんなに高かったのか?こっそりミリアに聞いてみると、どうやら帝国と王国では、貨幣価値に多少の差があるらしい。 ――それ、先に説明しておいてよ。 まあ、今さら言っても仕方ないか。お金を扱う以上、信用してい
――許可証だけじゃなく、看板まで……。これがあれば、誰が見ても“王国公認”の店だと分かる。下手に絡んでくる連中も、さすがに手を引くだろう。「そうだ。他にも許可証って取った方がいいの?」俺が念のために尋ねると、デューイは即座に首を振った。「必要ありません。この店は、王国の事業として正式に認可されています。よって、商業ギルド・薬師ギルドの干渉も受けません」「……はぁ~、良かった」思わず、肩の力が抜けた。もう、面倒事は勘弁してほしい。静かに、穏やかに暮らしたいだけなのに――この数日で、俺の日常は完全にひっくり返った。薬屋として、平和に過ごしたかっただけなのに。気づけば王族になり、モンスターや盗賊に襲われ、果ては貴族と揉める始末だ。 ――あはは……辞めるタイミング、逃しちゃったかな。正直、うんざりしてた。でも、看板を手にした今――デューイや、ミリアや、あの店を頼ってくれる人たちの顔が浮かんだ。 ……続けるか。俺は、看板をそっと見つめながら、小さく息を吐いた。「よし。じゃあ、もう少しだけ頑張ってみるか」 ――そうだ。 女性護衛とデューイの話し合いの時間、ちゃんと作ってあげないと。「デューイと、今後の話し合いをしてきて良いよ」俺がそう声をかけると、女性護衛は少し気まずそうに視線を逸らし、デューイは「?」といった顔で首をかしげた。そこで、ミリアがふわりと微笑んで一言。「二人の将来の話をしてきても良いわよ」その言葉に、二人は一瞬固まったあと、顔を赤くしながら少し離れた場所に移動し、向かい合って座った。 ――うん、いい感じだ。「デューイが店に来てくれれば助かるんだけどなぁ~」俺がぽつりと呟くと、ミリアが紅茶を口にしながら首を傾げた。「そう
一通り、重傷者の治療を終えたあと、 俺は店の奥の部屋に戻って、椅子に深く腰を下ろした。 ――ふぅ……さすがに疲れたな。ようやく一息つけると思った矢先、 店の方から騒がしい声が聞こえてきた。怒鳴り声と、人々のざわめき。 外の空気が、ざわざわと波立っているのが分かる。ん?……またお貴族様か? しつこいなぁ……。面倒な予感しかしない。俺はため息をつきながら店の方へ出てみると、 案の定、貴族風の男が護衛と兵士を引き連れて騒いでいた。顔を真っ赤にして、店を指差して怒鳴っている。「おい! 商業ギルドと薬師ギルドの販売許可は取っているのか!?」 ――は?そこまでの許可は……取ってないけど? ていうか、必要なの? そんなに?俺は一瞬、言葉を失った。 ……なんだか、面倒になってきたな。別に、薬屋をやりたくて仕方なかったわけじゃない。 ただ、誰かの役に立てるならって思って始めただけで――俺は、楽しく暮らしたいだけなんだよ。金なら、もう結構貯まった。 この店ごと、国王――義理の父親に買い取ってもらえば、 現金収入も得られるし、バカ貴族に絡まれることもなくなる。 ――それも、悪くないかもな。こいつのお陰で決心がつきそうだわ。俺は、静かに視線を貴族の男に向けた。その目は、怒りというより―― ただ、うんざりしていた。「あ、許可は取ってないですね」俺が正直に答えると、貴族風の男はニヤリと口元を歪めた。「ほぉ~、取っていないのか。では――違法だな。……コイツを捕らえろ」男が護衛兵に指示を出すと、兵士たちがじりじりと俺に近づいてくる。 ――はぁ、やっ
しばしの静寂のあと、ミリアがそっと紅茶を口に運び、 俺も、冷めかけたカップを手に取った。 ――さて。そろそろ、店に向かう時間か。気持ちを切り替えるように、俺はゆっくりと立ち上がった。「じゃあ、俺はそろそろ行ってくるよ。 今日から本格的に動き出すし、準備もあるからね」そう言いかけたところで――「わたくしも、ご一緒いたしますわ」ミリアが、当然のように立ち上がった。「えっ? ミリアも来るの?」「はい。ユウヤ様のお店がどのように始まるのか、 この目で見届けたいのですわ。 それに……わたくしも、少しはお役に立ちたいですもの」そう言って微笑むミリアは、すでに外出用のドレスに着替えていた。 ――完全に、行く気満々だったらしい。「……そっか。じゃあ、一緒に行こうか」「はいっ♪」ミリアは嬉しそうに頷き、俺の隣にぴたりと並んだ。こうして、俺とミリアは並んで屋敷を出た。 新しい一日が、静かに、でも確かに動き出していた。病院との軋轢と貴族の乱入朝食を早めに食べて早めにお店に向かうと……うわぁ……。店の前には、昨日から並んでいたらしい人たちがずらりと列を作っていた。 先頭の方なんて、地面に寝転がって順番を待ってるし。 列は通りの角を曲がって、さらに奥まで続いている。中には、明らかに負傷している人もいた。 足を引きずっている者、顔色の悪い者、包帯を巻いたままの者―― 中には、立っているのがやっとという重傷者までいる。 ――一日だけ休んだだけで、これかよ……。俺は、思わず頭を抱えた。ここは病院じゃないぞ? 薬屋なんだけど……。「ミリア、病院は…
……ん?ふと、思った。“相手を思いやる心”――それって、メイドさんの方じゃないか?俺が何も言わなくても、察して動いてくれて、 気を配って、空気を読んで、完璧に仕事をこなしてくれる。 ――それ、日本人の美徳そのものじゃん。 ……仲良くなれそうな気がする。 いや、なれ―― ……いや、ダメだな。仲良くしてたら、ミリアに怒られそうだ。あの子、笑顔で「ユウヤ様、最近メイドと仲がよろしいですわね♡」とか言いながら、 内心でバチバチに嫉妬してそうだし。 ――うん、やめとこう。 俺の平穏のためにも。「今日のご予定は?」ミリアが紅茶を一口飲みながら尋ねてきた。「お店に行かないと不味いよね。昨日は休みにしちゃったし」「そうでしたね……」ミリアは少し疲れた表情を浮かべながら、メイドを呼んだ。 王都との往復や、連日の緊張のせいか、少し疲れが出ているようだった。「従業員の方の用意は出来ているのですか?」「はい。勿論でございます」メイドは即座に答えた。「え? もう?」俺は思わず声を上げた。 こんなにも早く手配が完了しているとは思っていなかった。「従業員は、国王陛下のご紹介と、わたくしの使用人の中から選びましたの。 優秀で、信用できる方々ばかりですわ」ミリアは自信満々に微笑んだ。 ――さすが、抜かりないな。でも、ふと思い出した顔があった。 昨日、怪我をした女性護衛――あの人、少し無理してたように見えた。「それなんだけどさ。 女性の護衛の人、店の従業員になりたいと思ってないかな?」俺がそう尋ねると、ミリアは少し意外そうに目を瞬かせた。「さぁ~、どうでしょうか。&he